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■主な観光地のご紹介
浅間山(あさまやま) 日本百名山のひとつ。現在は「火山館コース」と「黒斑コース」の2コースに限り登山可能ですが、火山警戒レベルにより登山可能範囲が変わりますので、最新の情報にご注意ください。
高峰高原(たかみねこうげん) 車坂峠を中心とした高原で、標高2000mからの眺望は絶景です。夏は高山植物、秋は紅葉の名所でもあります。浅間登山の黒斑コース登山口でもあります。
小諸城址懐古園(こもろじょうしかいこえん) 日本100名城で日本さくら名所百選にも選ばれている小諸城址公園。全国的にも珍しい城下町より城が低い「穴城」で、秋は紅葉の名所でもあります。島崎藤村の千曲川旅情の歌でも知られる信州の名園です。
布引観音(ぬのびきかんのん) 布引山釈尊寺は、険しい山道の参道を15分ほど登り、仁王門を過ぎると岩山の崖に築かれた観音堂が姿を現します。釈尊寺は牛に引かれて善光寺参りの布引伝説でも有名です。
小諸城大手門(こもろじょうおおてもん) 大手門は小諸城の正門にあたり、仙石秀久が築いた実践的な門で、青森県の弘前城の追手門とともに大手門の双璧といわれています。平成5年12月9日に国の重要文化財に指定されています。
■小諸市ゆかりの文化人
島崎藤村(しまざきとうそん) 木曽の馬籠出身の文学者。明治32年に恩師である小諸義塾塾長の木村熊二に招かれ、小諸町の小諸義塾に教師として赴任しました。小諸在住の6年間は、詩作から小説へと移行していく上での大きなターニングポイントとなりました。
木村熊二(きむらくまじ) 島崎藤村の旧師であった木村熊二は、義塾設立の協力要請を受け、小諸義塾を創設しました。義塾の経営の他にも、懐古園内での植樹や果物の栽培、缶詰製造事業の奨励、中棚鉱泉の開設等、地方産業の発展にも大きく貢献しました。
高濱虚子(たかはまきょし) 愛媛県松山出身の俳人。正岡子規に兄事し、小説家活動を経て、大正2年俳壇に復帰します。独自の俳句理論「花鳥諷詠」を提唱しました。70歳の時に小諸町へ疎開し、約4年間の様子を「小諸雑記」にまとめ、「小諸百句」を生みだしました。
小山敬三(こやまけいぞう) 小諸市出身の洋画家。島崎藤村の勧めでフランスに留学。9年後の昭和2年に帰国。海外からの評価も高く、海外での個展も開催。昭和34年には日本芸術院賞を受賞し、昭和50年には文化勲章を受章。昭和期の油彩画壇を代表する洋画家です。
白鳥映雪(しらとりえいせつ) 小諸市出身の日本画家。昭和8年、家族の反対を押し切って伊東深水の門下生となり、生活苦に苦しみながらも絵を描き続けました。91歳の時に勲三等瑞宝章を受章。晩年、病により右手が不自由になっても、左手で絵を描きつづけました。
■浅間山・高峰高原(最近の様子) |